昨年11月に株式会社タミヤから発売された「Ⅲ号突撃砲G型フィンランド仕様」について、プラモデルの説明書に解説を執筆された斎木伸生氏に寄稿をお願いしたところ、快諾を得ましたので掲載させていただきます。
*画像は株式会社タミヤの許諾を得て掲載しております。無断使用はご遠慮願います。
Ⅲ号突撃砲G型フィンランド仕様 斎木伸生(国際政治評論家)
1944年6月9日、ほぼ3年にわたりほとんど戦闘の無かったカレリア地峡は、ソ連軍の猛烈な砲撃に包まれました。ソ連軍はドイツ本土への侵攻を前に、フィンランドとの戦争に終止符をうつべく一大攻勢を開始したのです。フィンランドの国家存亡の危機に立ち向かい、ソ連軍を押し止どめるべく戦線へと投入されたのが、フィンランド軍唯一の機甲師団に配属されたⅢ号突撃砲だったのです。
突撃砲とは戦車と似ていますが、少し性格の異なる装甲車両です。もともとは戦前ドイツ軍で開発されたもので、とくに歩兵支援を目的とした戦闘車両でした。その車体には当時のドイツ軍の主力戦車であったⅢ号戦車を使用していましたが、戦車と違って回転砲塔を持たず、固定戦闘室に大口径の砲を装備していました。当初は歩兵の突破に際して敵火点をつぶすのが主任務でしたが、戦争の進展とともに敵の戦車を撃破することが主任務に変わって行きました。
フィンランド軍は、1942年に戦車師団を編成するに際して、その第3大隊として突撃砲大隊を編成することに決めました。当初そこにはソ連軍から捕獲した戦車をフィンランドで独自に改修したBT-42が配備されましたが、その性能は満足できるものではありませんでした。このため、1943年春、突撃砲大隊向けの新装備をドイツから購入することにしました。その結果取得されたのがⅢ号突撃砲でした。
30両が購入され、これらは1943年7月から9月にかけてフィンランドに到着しました。到着後これらの車体は、フィンランド軍仕様の塗装、マーキングに塗り直されました。当初、現場ではその能力は懐疑的に見られていましたが、実際導入されるとこれまでフィンランド軍が使用してきた戦車とは比較にならない、強力で有用な車体であることがわかりました。
その実力は、1944年6月の実戦の場でいかんなく発揮されることになります。その初陣となったのはクーテルセルカの戦いでした。14日深夜、戦線を突破したソ連軍部隊をたたくべく突撃砲大隊は出撃しました。激戦の中突撃砲は多数の敵戦車を撃破しました。しかし、遺憾ながらソ連軍の兵力は圧倒的で、フィンランド軍は後退せざる得ませんでした。
前進を続けるソ連軍は、22日にはカレリア地峡の要衝ヴィープリの東方を迂回して、フィンランド軍戦線後方への突破を図ろうとしていました。この攻撃が成功すれば、いまだ東カレリアに残るフィンランド軍部隊は後方を切断され包囲される危険があります。そして、突破したソ連軍が西へ進めば、ヘルシンキはじめフィンランド枢要部も攻撃の危機にさらされてしまうのです。
突撃砲大隊は彼らを阻止すべく、カレリア地峡と本土を結ぶ交通の要衝、ポルティンホイッカ十字路へと進出しました。ポルティンホイッカは、フィン・ソの戦車戦の焦点となりました。25日午前、彼らの眼前にソ連戦車が出現しました。以後彼らは何度も何度も突破を図りましたが、フィンランド軍突撃砲はこれに出血を強い続けたのです。
最終的にソ連軍は突破をあきらめました。彼らにはまだ十分な戦力がありましたが、時間がそれを許しませんでした。彼らにはより重要なドイツ本土侵攻作戦の開始が迫っていたのです。その後もフィン・ソの戦いそのものは続きましたが、フィンランドの全土が占領される脅威は永遠に去ったのです。
突撃砲が本格的な戦闘に参加した期間は、1944年6月から7月の1カ月に過ぎませんでしたが、その働きぶりはほとんど他に類を見ない見事なものでした。彼らはソ連戦車87両とその他無数の対戦車砲、トラック等を撃破し、これにたいして自ら被った損害はわずか8両に過ぎませんでした。
なお受領したⅢ号突撃砲に満足したフィンランドでは、1944 年に突撃砲の追加発注が行われました。しかし、ドイツはフィンランドの単独講和の動きを嫌い、なかなかその引き渡しに応じませんでした。ようやくそれらの29両が到着したのは、すでにカレリアでの戦いが勃発した後の、1944年6月から8月にかけてのことで、これらは実際にソ連戦車と砲火を交えることはありませんでした。
今回タミヤより、1/35ミリタリーミニチュアシリーズの作品として、Ⅲ号突撃砲フィンランド軍が発売となりました。キットには、フィンランド軍で使用されたⅢ号突撃砲の、前期型、後期型のふたつの改修仕様が再現できる専用パーツが用意されています。さらに、フィンランド兵のフィギュアもセットされています。またフィンランド軍の国籍マーク「ハカリスチ」や車体番号のマーキングも付属しています。
日本ではともすればプラモデルとは、「誰にでも作れる」子供のおもちゃのような位置付けがされがちですが、道を極めれば多彩な工具や塗装用具を使いこなし、実戦の資料や写真を渉猟しなければ完成させることのできない大人の趣味ともなります。模型がきっかけで実際の戦史に興味を持ち研究者になった人もいます(それは私です)。もしも、Ⅲ号突撃砲フィンランド軍世界中の人々がフィンランドの歴史に興味を持つきっかけとなれば幸いです。
斎木伸生(さいき・のぶお)氏略歴
1960年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学院法学研究科修士課程修了、博士課程修了。経済学士、法学修士。小学校時代から戦車などの模型にはまる。長じて戦史や安全保障の問題にも興味を持ち、国際関係論を研究。研究上はソ連軍・フィンランド関係とフィンランドの安全保障政策が専門。軍事・兵器に関しては陸海空に精通。とくにソ連兵器と世界の戦車のエキスパート。艦船模型サークル「ミンダナオ会」所属。
1月29日に開催されるバルト=スカンディナヴィア研究会1月例会で、「ソ連軍夏季攻勢とドイツの軍事援助」について報告する予定。
- 「戦車隊エース」(光栄)
- 「ソ連戦車軍団」(並木書房)
- 「世界の無名戦車」(三修社)
- 「フィンランド軍入門」(イカロス出版)
- 「異形戦車ものしり大百科」(光人社)
- 「ドイツ戦車発達史」(光人社)
- 「タンクバトル[Ⅰ][II][Ⅲ][Ⅳ][Ⅴ]」(光人社)
- 「戦車謎解き大百科」(光人社)
「丸」「軍事研究」「ミリタリー・クラシック」「Jシップス」に連載、「Jグランド」「アーマー・モデリング」「グランドパワー」等にも多数寄稿。
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August Duke (木曜日, 02 2月 2017 03:18)
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Rolande Croft (金曜日, 03 2月 2017 06:04)
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